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こんにちは。今日もご訪問いただきありがとうございます。

夏休みが地価図居てきました、涼しい北海道へようこそ!!

旭川市にある旭山動物園を紹介します。

奇跡の発展が、ある人物によってもたらされました。

その考え方は、現在の企業にも通じる貴重なものです。

小菅園長の人物像を追いながら、その行動に迫ってみました。

 


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旭山動物園とは

日本の動物園の最北端に位置する動物園です「伝えるのは、命」

日本の動物園で一般的な、動物の姿・形を見せることに主眼を置いた「形態展示」ではなく、

行動や生活を見せる 「行動展示」を導入したことで注目を集めます。

ペンギンのプールに水中トンネルを設けたり、

ライオンやトラが自然に近い環境の中を自由に動き回れるようにするなど、

動物たちが動き、泳ぎ、飛ぶ姿を間近で見られる施設造りを行っています。

環境エンリッチメント(動物たちに望ましい環境造り)として、

冬のペンギンの運動不足解消から始められた雪の上の散歩は人気イベントです、

積雪時に限り毎日開催されます。

このほか、食事時間を「モグモグタイム」と題し、動物の行動を展示する催しも行われています。

旭山動物園の行動展示は今後の動物園展示の指針として国内外の動物園関係者が

視察に訪れるなど注目されているのです。

異なる動物を同じ場所で飼育する 「混合展示」も新たな取り組みとして試みられています。

現在はゴマフアザラシとウミネコ・オオセグロカモメ、

ジェフロイクモザルとカピバラの混合展示を行っています。

以前にはペンギン館でアザラシの仔を飼育していたことや

マルミミゾウとモモイロペリカンの混合展示もありました、

これは動物同士のストレス解消などの狙いがあるのです。

でも、最初からこんなに人気スポットになるような動物園だった訳では有りません。

中興の祖、小菅正夫氏、北大柔道部出身で柔道四段(寝技柔道)

北大を準優勝に導く情熱家をしらべました。


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小菅正夫氏のプロフィール

旭山動物園-12

1948年札幌市南3条通7丁目にて生まれる。

西創成小、陵雲中学を経て札幌南高校に進み、柔道、レスリング、ラグビーたまに応援団です。

柔道は強くなりたいと北大に練習に通っています。

(出身校の札幌南高校は現在、偏差値71の北海道でもSランクの進学校です)

進学校に行っていましたが先生に進路を北大と話すと「入れるとおもうのか?」

と笑われてしまいます。

「なんで北大に行きたいんだ」と問われて「北大で柔道をやりたい」

と言うともう先生も相手にしてくれません。

それでも諦めるような小菅少年ではありません、頑張って受験しますね。

残念ながら先生の思惑通りです、浪人生活となります。

この時代が最初に猛勉強の第一期となる時代です。

1浪で入れると思っていましたが敢え無く不合格となり2浪してやっと

獣医学部に入学が決まります。

中学時代から柔道に目覚め高校の新人戦でたまたま2位になって

「俺は強くなるんじゃないか?」と錯覚するんですね、この事は重要ですね!

以前、読んだ芥川賞受賞作家の羽田圭介氏もお母さんに認められ、

中学時代に感想文を褒められて、自分に文才が有ると自信を植え付けるのです。

小菅少年も高校時代にその感覚を味わいますね「俺は強くなれる」と信じ込んで

北大柔道部の練習に参加させて貰うのです、末席に座らせて貰って稽古が終ってクタクタの時に

主将の『黙想』の声に全員が目を閉じて黙想を始めるのです。

そこで小菅少年は 天の声を聞きます。

「ここが俺の居場所だ!ここに来ないといけない、北大に入って、この柔道部にはいるぞ」

と方針決定です。

旭山動物園-4

そう決めて受験勉強を頑張って入学しましたね、憧れの北大柔道部に入部します。

柔道部に入って白帯の先輩と稽古すると立ち技では結構強いのです。

ところが寝技になると手も足も出ないと言うのかボロボロにされます。

小菅少年また、ここで驚きです「これは何なんだ!」北大柔道部では寝技ばかりです。

そうです、この当時、旧帝大の七帝戦と言う大会があるのですが

それは講道館柔道とは異質のものです。

寝技主体です、その七帝戦において北大は当時五連敗を喫し最下位が定位置の状態でした。

2-1 柔道部主将時代

そんな時、小菅青年(もう二十歳を超え青年です)4年生になってそんなに強くはないのですが

先輩から 主将を任されます。

主将となるとこれからこの弱いチームをどう立て直すかと考えますね!

これまでの大会は同じ事の繰り返しだ、何とかしないと、と考えます。

強い選手を引っ張って来れば良いのですが、

北の果ての北大では柔道の強い選手なんか入ってきません。

当然、勉強も必要ですからね。

現状で変えていかなくてはと考え、まず何をすべきか考えます。

そして方針を決めたら必ず部員全員で共有することだと決めます。

小菅青年、決断すると厳しいですよ守らないと許してもらえません。

その辺の強固な意志が改革には必要なのですね。

自分の信念を貫き部員に猛練習を課します。

通常、柔道の試合は先鋒、次鋒、中堅、副将、大将と5人で勝ち抜き戦か総当たり戦で戦いますが、

七帝戦は15人で戦います。

兎に角「超ド級」といわれる選手を作る事が重要となりますが旧帝大では簡単な事では有りません。

勉強ばかりでスポーツ自体やる人も少ないですからね。

ましてや東大や京大と違って北の果ての北大では人材が居ないのです。

そこで小菅主将としては兎に角負けない柔道を目指します。

七帝戦の前々年が九州大、前年が阪大と北海道から2~3日掛けて試合会場へ着いて翌日の試合

になると暑さに参ってしまいます。

その対策が必要だと考え、夏場でも道場の窓を閉め切ってストーブを焚いて

猛暑の状態で猛練習に励みます。

兎に角、勝てないなら粘って、粘って引分けに持ち込む作戦です。

そうして七帝戦の会場となる京都大学に乗り込みます。

小菅青年にとって運命の昭和47年7月15日です試合会場に臨む朝、

周りから見ると小菅主将はなんで「あんなに不機嫌なんだ」と思われていましたが

本人はそれどころではなかったのです。

足は震え、手は震え、口まで震えて話が出来る状態では有りませんでした。

それが試合場に入って畳に上に立って天井を見上げ「ヤッ」と両腕を上げた途端、

神が舞い降りたのです、正にそんな表現が出来るように、

その瞬間に緊張感が解けて一切の束縛感から解き放たれたのです。

小菅正夫氏は後年その感覚を「人生の宝」と称しています。

そして試合では1回戦が東大戦です、思惑通り引分け抽選勝ちで2回戦です。

2回戦も阪大に引分け抽選勝ちを納めます。

(2回も抽選で勝つのです、その辺が小菅主将持っていますね)

いよいよ最後の決勝戦ですが試合会場の京大戦です。

これも小菅主将の思惑通り14人まで引分けに持ち込みます。

これまで同様に15人目も引き分けて抽選なら勝ち目有り、

と期待していましたが物の見事に1本負けをしてしまいます。

相手は本当に強い相手でした、良く言われる努力すれば報われると言う言葉、

これは嘘だと悟ります.

弱い奴がどんなに努力しても天才には敵わない、天才が努力して、のし上がって言うから

「努力は天才に勝ると」との諺が成り立つので凡人が幾ら努力しても所詮、

天才には敵わないんだ!

と小菅青年は思い知らされるのです。(これも後日談で語られています)

それでも、これまで最下位の北大柔道部が準優勝を飾ったのです。

本当に猛稽古に耐えて頑張って、頑張って決勝まで行けた事は小菅青年の最高の体験で宝物なのです

2-2第二期猛勉強時代

そんな貴重な経験をしながら、やはり決勝戦で負けた事で頭の中は空っぽになり、

放浪の旅にでます四国をブラつくのですが、或る時ふと「学校がある」と気付き札幌に戻ります。

そしてここから第二期猛勉強時代に入ります、兎に角ガムシャラです。

出席日数が足らないのも教授に直談判でへばり付いて何とか卒業するのですが、

次に待っていたのが獣医師の国家資格です。

これも振り構わず周りの同級生達に協力して貰って何とかするんですね??

その当時、学部全員就職が決まっていました、小菅青年だけは就職口が有りません。

そんな時たまたまめぐり合えたのが旭山動物園です。

これも運命ですかね?


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旭山動物園就職決定

動物園に入ってみると小菅青年は自分の好きなキリギリスや蝉の飼い方、

ネズミの殖やし方位は知っているのですが、

動物園内に居る動物だけでなく世界中の動物に関する知識を要求されます。

それを思い知らされたのが後に名飼育員と言われる牧田雄一郎氏です。

或る朝、卵を見せられて「小菅、これ何の卵か解るか?」と問われます。

小菅青年は「この動物園には沢山の鳥たちが居て解りませんよ」と答えると

「お前はどうやら動物園の仕事には向かない様だから他の仕事を探したほうが良いよ!」

と言われます。

それが毎日の様に続くのです。

これはイビリなのか愛のムチなのか?

絶対、イビリですね!  しかし、小菅青年は愛のムチと考えます。

3-1 第三期猛勉強時代・・動物研究

ここから第三期猛勉強の時代が始まります。

動物百科をはじめ日本語で書かれた動物に関する書物を全て読み漁ります。

動物園協会刊行誌に毎月「動物分類学」の記事が載っていたのですが、

これは市販されていません。

それで当時の菅野園長さんに借りてコピー機もないので書き写す訳です。

(しんどいな~、少なくとも私には出来ないね、牧田さんの言われるように転職ですね)

小菅青年はそうやって勉強させてくれた牧田氏に感謝されています。

この辺が並みの人と違いますよね

旭山動物園-5         旭山動物園-6

左から小菅氏牧田氏マリちゃんあべ弘士氏(そして飼育員の子供さん)      園内の木も動物です

しかし旭山動物園では係長になっていましたが、

これまで色々イベント的な事をやってもすぐに飽きられて入場者が落ち込んで行く中で

道庁の部長さんが来て、

「貴方達この動物園をどうしますか?辞めますか?存続しますか?」

と聞かれます。

1997年当時入場者数もこの様な状態です。

旭山動物園-7

そこで小菅係長は、きっぱりと

「どうしようって、しっかり“動物園”をやっていきますよ」

と担架を切ってしまいますね、反骨精神旺盛ですからね。

そこで道庁の部長さんは怒ったのか、それともその気迫に押されたのか係長の小菅正夫氏に

「それじゃ貴方が中心になってやって下さい」と言いますね。

3-2 再建を任された時代

園長を差し置いて係長に再建計画を作るように指示されたのですね

我々なら後で園長にでも頭を下げて謝って、

駄目なら辞めてやる~となるところですがやはり出来る人は違いますね!

小菅正夫氏は偉い事を言ってしまったと後悔しますが、それこそ “後悔先に立たず”です。

言っては見たのもののどうすれば良いか全く見当がつきません。

そこで飼育係を集めて柔道七帝戦同様に“やれる事から始めよう”と言う事で勉強会を始めます。

月一回の勉強会が毎週行われるようになり

「どうしてお客さんが来ないのか?」それこそマーケッティグリサーチです、

色んな意見を集めると

「動物が寝てばかりで面白くない」

「抱っことか出来ない」

等の意見を集めて行くうちに取り敢えず飼育係による

「飼育舎の前のワンポイントガイド」だったのです。

ガイドの掲示板も作ります。それも同じものを長期に亘って掲示するのではなく

常に更新されるのです。

手書きですから・・・このへんは「あべ弘士さん」(後の絵本作家ですね)

この当時同年代で仲の良かった小菅氏、牧田氏、あべ弘士氏(本名・阿部寛・俳優さんと同名です。

今は絵本作家さん)と一回り下の坂東氏らの4人が本当に夜も昼も無く話し合いをします。

これから動物園をどうするか?どうしていけばいいのか?

皆の夢を絵の上手なあべ氏がスケッチ化していくのです。

ワンポイントガイドも期限を決めてやる事にします、10年と決めました

(長くないですか?潰れかけの動物園で)

取り敢えず10年間「飼育係の飼育舎の前のワンポイントガイド」が始まります。

兎に角やると決めると厳しいですよ、小菅係長は容赦しませんから!

先輩飼育係さんが大雨でお客さんがいないから

「小菅、今日は大雨でお客さんは来ないからワンポイントガイドもやらないよ」

と言うと小菅係長は“駄目です”決めた事だからやって下さい。

先輩は言います「やれって言っても誰もいないとこで誰が聞いているんだよ」と言います。

小菅係長さん曰く

「猿が聞いていす」大笑い!

(喧嘩になりますよね)そうしながらも継続は力なりです

徐々にそんなガイドを聞いて新しく動物に興味を抱いてくれるようになって来ます。

有る時ビデオで「ワンポイントガイド」を撮っている人が居たのです。

聞くと小学校の先生でした。子供たちに観させるとの事です。

そんな中で「アカハナグマ」の飼育員が口下手で上がり症の為、

「俺はしゃべれないから、しゃべらなくても良いか?」と聞いてきます。

そこで小菅係長は

「しゃべらなくても上手い伝える方法があればワンポイントガイドになりますね」

と言うとその飼育員は色々考えてバナナを針金に通して「アカハナグマ」は

鼻が長く赤くて嗅覚が優れているので、ポールとポールの間を紐で結び、

紐に針金でバナナを吊り下げるという仕掛けを作ってやると

「アカハナグマ」は必死に紐を渡って行き吊るされたバナナを前足で見事にゲットしたのです。

旭山動物園-11

お客さんは拍手喝采です。

そうです、これが旭山動物園の目指す 「行動展示」の原型になっていくのです。

上がり症で口下手がこの動物園の基本方針を見せて呉れたのです。

何が幸いするか解りません!

3-3  隠れた才能を発掘せよ!

やはり不必要な人材は有りません。

小菅係長が園長になっても自分の部下の多様性を大切にして人材育成していくのです。

大企業で色々問題の発生してる方達にも学んでほしいものですね。

先に書いたスケッチの件ですが、それらのスケッチは1989年計画書に添付して

予算が貰えるように市に提案書として提出していきますが全く無視されてしまいます。

ところが数年後の1999年に旭山動物園基本計画書として

このスケッチが市に提出され陽の目を見る事となるのです。

「14枚のスケッチ」として大々的に取り上げられます。

2003年にテレビ番組として取り上げられて

「テレメンタリー最優秀賞」2005年には特別編が作られ

第42回ギャラクシー賞「選奨」も受賞します。

ドラマにもなって紹介されています。

「奇跡の動物園~旭山動物園物語~」

そうやって色んな取り組みが認められて入場者数もV字回復していきます。

マスメディアが取り上げると宣伝効果抜群ですよね、ただ後が怖いですよ、覚悟して下さいね!

そうやって色んな改革を行いマスメディアにも取り上げられ注目を集める中、

小菅園長として成長著しい坂東元氏(現園長)に新しい施設作りを任せます。

(いつの間の園長になった???(笑))

坂東氏はペンギン館を2002年に完成させ、

水中で泳ぐ姿を頭上越に見ることが出来る形を作ります。

以来、動物たちの野生での姿を再現させた「行動展示」が次々完成していくのです。

部下の人たちも「行動展示」に関して「自分事(じぶんごと)化」して考える習慣が

身について仕事の出来る人の集団が出来たのです。

旭山動物園-12        旭山動物園-13

小菅園長のリーダーシップがこの動物園を此処まで持ち上げて来たのですね

ピーク時の集客力は東京の上野動物園を凌ぐほどです。


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入場者数日本記録達成から我慢の時代へ!

2004年8月には月間32万1500人と入園者数を伸ばし

上野動物園を抜いて日本一の月間入園者数を記録します2007年には年間300万にを突破します。

そうして小菅園長は引退にあたり、お気に入りの坂東元氏を園長に指名

「行動展示」の達人であり飼育員たちからの信望も厚いから適任だと任せる事になります。

色々改革を断行しそれが成功する事に依って各方面から注目され取り上げられて

大成功でしたが後が大変です。

あまりにも評判になって入場者数もアップしましたが反動が来ます。

現在は入場者数も半減です???160万位に落ち込んでいます。

結局色んなマスメディアに取り上げられ、

入場者数が伸びたのですがその反動が来ているのでしょうか?

坂東元園長としては辛いとこですが良いことは長くは続かないのです。

今の状態でも収支的には何とかなってる状態ではあります。

それというのもこの動物園は入場料が安いのです。

その辺を考慮すれば検討してる状態だと思いますね!

ピーク時が余りにも異常人気を博して入場者数が上がったので合って現状に悲観するのでなく

常に原点である「行動展示」を心掛けて行けば良いのでは無いでしょうか?

下に有るように日本全国のランキング的にも2位を維持しているのです。

現在日本には153の動物園・水族館があります、

それらが加盟する公益社団法人「日本動物園水族館協会」(JAZA、東京都)

という団体があります。

そんな中で動物園のランキングですが2015年はこんな感じです。

1位 アドベンチャーワールド(和歌山県白浜町)

旭山動物園-14

「アドベンチャーワールド」はパンダとイルカが大人気で、

特に双子のパンダとイルカショーに関する口コミが多く寄せられている」とのことです。

アドベンチャーランドは、1994年(平成6年)より、

中国成都ジャイアントパンダ繁育研究基地の日本支部として、

ジャイアントパンダ自然繁殖のための日中共同研究を世界に先がけ進めていて、

たくさんのパンダたちが生まれ育っています。

2位 旭山動物園(北海道旭川市)

旭山動物園-15

この項で紹介している動物園で北海道ツアーには必ず組み込まれる人気の動物園ですね。

動物たちの姿を見せるだけではなく、ペンギンのプールに水中トンネルを設けたり、

ライオンやトラが自然に近い環境の中を自由に動き回れるようにするなど、

動物たちが動き、泳ぎ、飛ぶ姿を間近で見られる

「行動展示」という方法を採用したことで話題になりました。

3位 アフリカンサファリ(大分県宇佐市)

旭山動物園-16

大分県宇佐市安心院町南畑にある日本最大級のサファリパーク形式の動物園約70種類、

1,400頭が飼育されており、約6kmのサファリロードをマイカーやジャングルバスで

野生動たちを観察する「動物ゾーン」と、動物たちとのふれあいを楽しめる

「ふれあいゾーン」(散策エリア)に分かれています。

4位 多摩動物公園 (東京都日野市)
5位 愛媛県立とべ動物園(愛媛県伊予郡)
6位 よこはま動物園ズーラシア(神奈川県横浜市)
7位 野毛山動物園 (神奈川県横浜市)
8位 富士サファリパーク (静岡県裾野市)
9位 上野動物園 (東京都台東区)
10位 札幌市円山動物園 (北海道札幌市)

なんとこうやって見ていくと上野動物園はランク9位なんですね???

関係者の方々なにかご意見は・・・?

まとめ

前園長の小菅正夫氏は講演会等で下記のように言われています。

動物園には “娯楽” “教育” “自然保護” “研究”  の4つの役割が有るとされています。

公立動物園では数量的評価が重視され私立動物園で営業的評価が重要視されるため

動物にかかわる総合的な統合施設である国立の動物園が必要であると説かれています。

営利を目的としないで4つの役割の果たせる施設を作ると言うことが理想と言われています。

また、一般の企業にも言えることですが「組織の変革とリーダーシップ」と題して次の様な話もされています。

組織として大事なのは、

「集団としてプロであること」

個人個人がプロであることは当たり前であり、その上で目指すものを一致できれば、

集団としてプロになれると主張する。

この辺が、次際に実行して味わった方の意見として貴重なものであります。

企業にも取れ入れることが出来る意味深い言葉だと思います。

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最後までお読みいただきありがとうございます。

 


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